隠居歳時記

もう隠居? 否、自分流の隠居道を探求中!

自分史

鎮魂!_戦後76年「終戦の日」に靖国神社に詣でて!

令和3(2021)年8月15日(日)、76年目の終戦の日を迎えた。 新型コロナウィルスの感染拡大による緊急事態宣言下、式典開始以来、最少の参列者(約200名とのこと)で開催された政府主催の全国戦没者追悼式(武道館)の様子をテレビで見ながら、正午、黙祷を…

国士舘OB列伝_「仏像を刻む心」鈴木善一先生との出会い(S60/8.4)

▼鈴木善一先生著書『これからの日本 風雪五十年』(見返しに武者小路実篤氏の賛詞と棟方志功氏の賛画が掲載されている)▼目次 ただ一度だけ、お目にかかった先輩のことを書き記しておこうと思う。 鈴木善一(ぜんいち)先生。 国士舘高等部(T8.11.開設)出…

陸上自衛隊「相馬原駐屯地」体験入隊(S49/7.23-26)で学んだこと

▼S49.7.26_陸上自衛隊「相馬原駐屯地」体験入隊にて(小生最前列右端) アルバムは実に思い出の宝庫である。 写真の説明書きに「* 郷友連とともに」(*: 一般社団法人郷友連盟)とあり、日付は昭和49年7月23日~26日である。小生大学2年次(二十歳)、都内…

七夕に寄せて_古いアルバムに見る星祭りの思い出

▼神大寺・子供会_七夕祭りの様子(昭和40年前後?) 古いアルバムから、また懐かしい写真が出てきた。 この頃は、まだ町内に子供達がたくさんいた時代だ。 自分の姿を探したが、どうやらここには写っていないようだ。年代は、恐らく昭和40年前後ではないかと…

国士舘大学「言道部」で鍛えられた日々_弁論大会・全国遊説・選挙応援 etc.

中・高・大とかなりの精力をクラブ活動に投入してきた。そこでは、正課では学び得ない多くのものを学んだように思う。 まず、六中(横浜市立六角橋中学校)時代。 入学時、比較的運動量の少ないと思われた卓球部を選んだつもりであったが、完全な思い違いで…

追悼!_柴田徳文先生を偲ぶ

▼円覚寺 黄梅院(R3.6.18撮影) 過日(R3.4.11)、国士舘舘長柴田徳文先生(S44卒・政経5期)の告別式に参列した。 訃報はいつも突然にやってきて打ちのめされる。 まさに、"創立の精神を護持し、本学を表徴"(「国士舘寄附行為」)される柴田徳文舘長がご逝…

富士山2_国士舘大学応援団 富士山頂にて舘歌斉唱!

inkyoclub.hatenablog.com ▼H17.8.3_富士山頂 浅間大社奥宮 久須志神社前にて 前列左より小生、小倉先生、曹さん、大西先生(富士登山歴34回) 山開きが近づいてきた。 前に書いたが、小生現役時、縁あって国士舘大学の課外活動クラブである「応援団」の顧問…

時の記念日に寄せて_引退後の日々における時間管理と生活のリズムについて

引退後、腕時計をしない生活になった。 いつも持ち歩くショルダーバックに、YAMASAの2千円ぐらいのデジタル時計をぶら下げているが、これは万歩計代わりである。 仕事から完全に足を洗ってしまうと毎日が日曜日で時間に追われることは無いが、それでも生活に…

日本海海戦(M38/5.27-28)の日に戦艦「三笠」を訪ねて

R1.5.27_三笠公園&戦艦「三笠」 初めて三笠公園(横須賀市)を訪ねたのは退職した年(H30)である。 日本海海戦を戦い、バルチック艦隊を完膚なきまでに撃破した連合艦隊の旗艦であった戦艦三笠を一度も見ていないことに心残りがあった。 元々、海(船)が…

国士舘大学「望嶽寮」における修行の日々を顧みて

町田キャンパス正門(旧南門)/寮全景(正面がA棟)/寮食堂(昔の面影はない) 今日も鶴川へ行ってきた。 散髪は、国士舘大学町田キャンパス(鶴川校舎)の厚生施設を利用している。近くの理髪店へ行けば良いではないかと思われるかもしれないが、馴染ん…

5月15日に寄せて_私の上司・池松武志先生と五・一五事件

S52_池松先生(左から2人目)を囲んで学生部鶴川分室の面々/S52_池松先生と小生 小生は、昭和52年3月、国士舘大学を卒業し、同年4月から職員として母校に職を奉じた。配属先は鶴川校舎(現「町田キャンパス」)の学生部鶴川分室、所属長は池松武志先生(故人…

川和高校同窓会「緑和会」総会の案内状が届いて思い巡らすこと

川和高校同窓会から「緑和会」総会の案内状が届いた。 葉書一枚で、何か懐かしさが湧いてくる。 母校とはよくいったもので、小生の場合、高校にしても大学にしても振り返ってみると、確かにそこで育まれたような感覚がある。それだけ濃厚な学生生活を過ごし…

こどもの日に寄せて_父母のアルバムに見る端午の節句の思い出

最初の我が家の庭先にて(写真裏面にS32.5.3の記載あり_小生3歳) 写真の整理(データ化)にまだ本格的に着手できないでいる。 何せ30冊弱のアルバムとファイリングされていない写真も相当ある。 全体を把握するために、事前準備のつもりで少しずつアルバム…

昭和の日に寄せて_国士舘皇居勤労奉仕団の足跡

第2回_国士舘皇居勤労奉仕(S61.3.25~28)皇居宮殿御車寄せにて天皇陛下(後の昭和天皇)のご会釈を賜る 「日の本に 生まれ出でし 幸ひを 陛下の御前で 胸にかみしめ」 (S61第2回皇居勤労奉仕団奉呈歌 詠人不知) 昭和の日に思い起こされることがある。…

神大寺_町内会役員2年目を迎えて

本日(R3.4.18)、令和3年度神大寺北町自治会(いわゆる「町内会」)の総会が、コロナ禍、変則的ではあるが、三密を避け組長(全38組)さんのみを対象に2回に分けて実施された。 これにより、小生も役員2年目を迎えることとなった。 昨年の今頃のことを思い…

国士舘OB列伝_技斗番長・高瀬將嗣兄を偲ぶ

令和2年5月25日、高瀬將嗣兄は逝った。 本記事を公開するには少し躊躇いがあったが、先日、ご内儀より、高瀬道場創立50周年記念公演(R3.5.8)のご案内をいただき、故人を追想することも一つの供養と考えアップすることにした。 高瀬兄は小生と国士舘大学の…

運転免許更新_正味約45分/眼鏡使用の条件解除

昨日、二俣川(運転免許センター)へ運転免許の更新手続きに行ってきた。 どなたかのブログに、「優良」者(ゴールド免許)の場合、午後の受付時間が少し長いので、他の手続き者の受付時間以降に行くと待ち時間が少なくて良い、というようなことが書いてあっ…

R3/4.1に寄せて_デジタル(Main sys.)とアナログ(Sub sys.)の併用

4月1日、令和3年度がスタートした。 本日、毎月のルーティーンで家中(4箇所)のカレンダーを1枚めくり、全て4月に更新した。小生、現役時からそうであるが、基本的にスケジュール管理はスマホのアプリケーションを活用しており、同時にアナログのカレンダー…

神大寺小学校の卒業式に寄せて

先般、神大寺小学校から、令和3年3月19日に令和2年度_第60回_卒業証書授与式を、参列者を限定して実施する旨のご案内をいただいた。コロナ禍、出席者は、卒業生と職員、保護者各家庭1名、PTA会長とのことであった。 小生は、昨年から町内会活動の一環として…

趣味2_Kindle読書への移行/一部書籍国士舘資料室へ寄贈

現役時、読書は情報収集や自己啓発に関わる、いわば仕事の延長みたいなもので、趣味の範ちゅうではない、という風に考えていた。 最近漸く、好きな分野、好きな作家の、読みたいと思う本を中心に、時間の制限なくゆとりを持って読めるようになり、(また、呑…

詠進歌2

新盆に 父母の位牌に 向きあひて 光妙灯に 偲ぶおもかげ ( 平成31年「歌会始」詠進歌 お題「光」) 仮粧坂 越え来て望む 山ノ内の 甍の古都に いにしへしのぶ (令和2年「歌会始」詠進歌 お題「望」) 前回の投稿で令和3年の詠進歌を記したので、この際、…

詠進歌

父母が愛でし 金柑の手入れ 引き継ぎて 冬の実りを 待つぞ楽しき (令和3年「歌会始」詠進歌 お題「実」) 「歌会始」に和歌を詠進させて頂き、今年で3年目(3回目)となる。 歌に造詣が深い訳ではないが、母校の先輩であるO先生の強い勧めとご指導があ…

神大寺_都会に近い田舎

「ハマッ子」を自認している。 当然、横浜市歌は歌える。 もう少し地域を限定すると地元は神奈川区神大寺であり、横浜ヒエラルキーの頂点とも言われている中区・西区の周辺に位置する、都会にほど近い田舎であると思っている…。 神大寺に生まれ育ち、若い頃…

富士山_12回目の登山を準備中

初めて富士山に登ったのは30代の後半であったか。 顧問をしていたクラブ(国士舘大学応援団)の学生達とまず北口本宮富士浅間神社に参拝し、吉田口の馬返し(1合目の手前)から登り、下山は御殿場口の大砂走りを新5合目の大石茶屋まで駈け降りた。これほど登…

初めての投稿

介護等で早期退職(H30.3)し、3年が過ぎようとしている。 慌ただしい仕事の日々から解放された当初は空白の時間が新鮮であったが、空白の時間でも光陰は矢の如しであり、3年はあっという間に過ぎ去ろうとしている。 引退後、スキャナーを2台購入し、ライ…