隠居歳時記

もう隠居? 否、自分流の隠居道を探求中!

葉月の候_「残暑お見舞い申し上げます」

靖国社頭より
「残暑お見舞い申し上げます」



▼令和8年8月18日(火)_靖国神社参拝

 毎年喧騒を避けて靖国神社へのお参りを重ねている。

 今日は8月18日。
 "幕末"好きには直ぐに、"8.18の政変"が脳裏に浮かぶ。

 文久3(1863)年、会津藩や薩摩藩などの公武合体派が、尊皇攘夷派の長州藩、三条実美ら急進派の公卿七名を京都から追放したクーデターである(因みに小生、幕府方、尊攘派の両者に等しく思い入れがある)。なんの脈絡もないが、今日は行動を起こすに相応しい日と体が反応し、エスティマに飛び乗った。

 首都高速「横羽線」を飛ばし一路九段へ。
 幸いと言うか、予想どおり靖国神社の駐車場にすんなりと入場することができた。15日の靖国周辺の喧騒は報道やSNSで知っているが、打って変わって今日の社とその周辺の雰囲気は静謐そのものである。

 そう、ここ戦没者の御霊が眠る靖国神社は静謐であるべき祈りの場所なのだ。

 15日の異様な喧騒は靖国に似つかわしくない。

 参道を進み静かに社殿に相対した。

 社に祀られる御霊に対し、一民草(国民)として哀悼の誠を捧げた。

 

 

 

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男厨_我が家の牛丼!

 

 料理は面白い。
 更に奥が深い。

 有体に言うと、人間生きるために食わなければならないのだが、料理を"趣味"にすることは人生の質をより向上させるために理にかなっているのではないかと思う。

 "趣味なし人間"が退職後に得た境地である。

 さて、今回の男厨は牛丼だ。

 遠い記憶を辿ると、牛丼を初めて口にしたのは大学1年生の頃で、場所は(記憶が正しければ)飯田橋駅に近い吉野家である。そんなシチュエーションまで覚えているのは色々と前後の思い出が絡んでいるからだが、今日の本旨ではないので触れない。

 当時「早い、うまい、安い」が吉野家のキャッチフレーズだったが(今は順番が違うようだ)、並盛から大盛にするにも財布の中身と相談していた貧乏学生時代の思い出である。

 今日紹介する牛丼は、やはり吉野家の牛丼ファンを自認する笠原将弘氏(日本料理店「賛否両論」: Link参照)が、多少のアレンジを入れて再現したYouTube料理番組(「笠野家の牛丼」)を見て、「よし俺も作ってみよう!」と挑戦してみたものである。

 もはや今は、定期的に作る我が家の定番料理となっている。
 手順は次のとおり。

【材料】
①牛切り落し肉400g/玉ねぎ1個/おろし生姜10g/だし昆布3g
②水600㏄/酒60㏄/みりん100㏄/醤油100㏄/薄口醬油50㏄/砂糖大さじ2/白ワイン40㏄/おろし生姜10g/だし昆布3g

▼牛バラ肉をたたいて3㎝幅位にカット/湯通ししてアクを落としザルに上げる。


▼玉ねぎを薄切りにカット/鍋に上記の②(白ワインとだし昆布を忘れずに!)を合わせ、玉ねぎを弱火で10分ぐらい煮る。


▼牛肉を加えほぐし、落とし蓋をして10分ほど煮る。完成!

 

 毎回レシピ通りに作るので、味は変わらず我ながら美味である。

 先日7月26日(日)は土用の丑の日。スーパーでウナギも買ってきて夕食は豪華「うな牛」となった。

 合わせる酒は「上善如水」(白瀧酒造: 新潟県南魚沼郡)。

 酒がさらに料理を引き立ててくれているようだ。

 



■賛否両論

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水無月を経て文月へ!_町内会/有志OB会/Table Tennis/たぬき

▼令和8年5月30日(土)_町内会「防災マップ」作製プロジェクト(神大寺北町会館)
 

 この四月、(漸く)我が町内会にプロジェクター(EPSON製)が導入されることとなった。

 会にとって安い買い物ではないので、色々と活用方法を考えていたが、早速その機会がやって来た。神奈川区役所の支援を受け地域防災マップの作製に取り組むことになったのだ。
 映像によるプレゼンの効果は言うまでもない。

 今後も諸々の活用方法が期待されるが、昨今、この界隈のどこの町内会でも課題としているデジタルによる町内会の改革(小生流にいうとデジタルとアナログの折衷 or 両立!?)へ向けて、色々と考えをめぐらせているところである。

 

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▼令和8年6月24日(水)_国士舘有志OB会(小田急相模原「スナックまゆみ」)

 恒例の会であるが、色彩はカラオケ大会である。
 あまり意識したこともないが、カラオケは日本発祥の文化のようだ。
 さもありなん。

 別に歌を歌わなくてもコミュニケーションはできるが、「~酔いがまわれば それぞれに 歌の一つもとびだして 歌を歌えば 血がさわぐ~」のである(「時代遅れの酒場」高倉健)。全員、昭和の人間である。

 この日も午後1時から5時までの正味4時間の時間設定であるが、ひとしきり近況などを交歓しあうと早々にカラオケタイムへと突入する。

 それぞれ次から次へと持ち歌が飛び出す。

 当然ながら、合間に最年長の高田先輩の十八番(おはこ)が入り、90点台をたたき出す。そうすると再び熱を帯びてきて、その内、何となくご本人には不似合いな(失礼!)「洋楽」が始まる(二人ほど)。何処で覚えた英語だか不明だが、本人の弁を聞いていると、なにやら人生の節目に曲にまつわるエピソードがあるようだ。

 歌って歌って歌って午後5時、総締め。

 基本的に足元の明るいうちに帰ることにしている。
 が、飲み足りない者、歌い足りない者は次のステージへ…

 末尾に小生のこの日のナンバーを記しておこう。

 ・「色彩のブルース」 EGO-WRAPPIN'

 ・「お父さんが嘘をついた」 六角精児

 ・「ラハイナ」 矢沢永吉

 もっと歌ったような気がするが曲が思い出せない。アルコールがかなり入ったということだろう。因みに点数は全て80点台で90点には至らなかった。

 

▼令和8年7月18日(土)_7月卓球月例会(薬師卓球場)

 国士舘関係者はお分かりかも知れないが、薬師卓球場は国士舘楓の杜キャンパスと鎌倉街道を挟んで向かい側の野津田神社の周辺にある。

 卓球場は家族による運営(経営)だが、隅々まで管理が行き届いている。

 一人練習ができる卓球マシンもある。

 運営者はこの辺一帯の地主さんであるが、人柄の良い"親っさん"と卓球の経験のあるらしい娘さんである。横浜から車で1時間以上かかるが、親っさんの人柄で運営されているような気配りのきいた施設で、若い人はもとより、年長者のグループや家族連れの利用者で賑わっている。

 さて、ここ3ヶ月のゲーム結果を記しておこう。
 スコアと勝者は次のとおり。

・5月26日月例会
 11-9 菊地 / 11-7 菊地 / 11-5 菊地

・6月13日月例会
 11-4 菊地 / 11-8 菊地 / 11-8 菊地

・7月18日月例会
 11-8 伊井 / 12-10 菊地 / 11-5 菊地 / 11-8 菊地

 

▼令和8年7月18日(土)_たぬきを放つ!(久保田陶器店「たぬき屋」で購入)

 何故「たぬき」!?
 R8.3.1の稿(Link参照)で「ガマ」について書いたが、神大寺に生息する生き物を買い揃えている。そう、我が家の周辺にたぬきが出没するのだ。

 標記の久保田陶器店(通称「たぬき屋」)は、前項の薬師卓球場へ向かう鶴川街道(?)沿いの途中にある。後で知ったことだが、店主の久保田氏は国士舘高校野球部出身とのこと。国士舘大学応援団OB(団長)の岡本武士兄が、国士舘高校時代に同氏と同級生であった旨を知らせてくれたのだ。

 なるほど、何かの縁に導かれて良き店に出会ったわけだと合点がいった。

 実は、一月前も来て長い時間ぐるぐると店内を巡ったが、目移りして決まらなかった。今日は絶対に「たぬき」を買って帰ると決めてきたのだ。

 それが上の写真である。
 決め手は一体一体のたぬきが醸し出す微妙に異なる雰囲気と丸八徳利の大きさ(デカい!)。自称「酒道部(日本酒愛飲会)」の小生としては納得がいって購入した。

 置場所も決めていて、日陰となるキンカンの木の下に配置した。末永くここに居て我が家を見守ってほしいと思う。

 

 

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髙野敏春先生 皐月の空へ旅立つ!

▼令和8年5月28日(木) 海老名セレモニーホールにて

 5月25日朝、小倉收先生から髙野敏春先生逝去の報を受けた。

 すぐさま「なぜ!?」という問いが心の中に湧いた。
 長く療養中ではあったが、危険な状態とは聞いていなかった。

 詳しく聞くと、
 昨日(24日)、入院中の病院で点滴の管が外れた状態で発見され、恐らく無意識のうちに管が外れてしまった(外してしまった)のではないかと、奥様からご説明があったようである。

 人の生死は人知の及ばぬものであるとは思っているが、天寿はまだまだ先の事であると思い込んでいたにも関わらず、何か運命のいたずらが高野先生を彼岸へと連れ去ってしまったのかもしれない。

 小生にとって重き存在であった先輩がまた一人亡くなってしまった。

 髙野先生のことについては以前、別稿(Link参照)で触れたが、国士舘大学法学部で小生の2級先輩、一時期言道部に在籍していたこともあり、時に厳しく、常に単刀直入に助言してくれる熱い先輩であった。

 ここの処、仲間内の会合にも欠席が続いていたが、奥様にご心配をかけないような形で何名かで介添えして送り迎えをし、もう一度、一献酌み交わしたい!などという話も出ていたところであった。

 お別れの装いは私たちがよく見慣れているいつもの黒のスーツであった。
 旅立ちのお供に、奥様が紙パックの日本酒と先生の好物であったというおつまみを傍らに添え、そしていつも愛用していたパイプと黒のハットタイプの帽子も棺に納められた。

 いざお別れである。

 髙野先生、暫しのお別れです。
 いつの日かそちらで一献遣りましょう。
 それまでさようなら。

 

 

👉 葬儀は家族葬により執り行われました。関係者若干名が葬儀に参列させていただき、皆さまを代表してご焼香をさせていただきました。QRコードを読み取って追悼映像をご覧ください(公開期間は2か月とのことです)。

 

 

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令和8年 弥生の風景2 _プチ横浜散歩/神大寺地域交流祭

▼令和8年3月12日(木)_横浜橋通商店街

 花粉の季節!
 2月下旬頃から目の痒みや鼻水の症状がひどく外出も出来なかったが、かかりつけ医で薬を処方してもらい服用すると大分治まってきた。

 そこで散歩を再開。
 少し足を延ばしてみることにした。

 本当は県を越えて各地の歴史の旧跡を歩きたいが(そして美味い酒、肴に出会いたいが)、なかなか日常のことに制約されてその機会がない。

 今回は地元片倉町駅からブルーライン(横浜市営地下鉄)で阪東橋駅を目指した。
 ここは横浜三大商店街の一つである横浜橋通商店街(南区)の最寄り駅だ。因みに、あと二つは洪福寺松原商店街(保土ヶ谷区)と六角橋商店街(神奈川区)。後者はその昔、横浜市電(昭和47年に廃線)の終点地点にあり、小生が小さい頃から馴染んだ地元の商店街である。

 横浜橋通商店街は阪東橋の駅から数分のところにある。
 ここはアーケード商店街で、全長350m(と紹介されている)の通りに八百屋、魚屋、肉屋など同じ店舗がいくつも営業しており、旨そうな惣菜店などや、異国情緒の店も複数ある。また途中入ってみたいような飲食店も多く、この日も「ちょっとだけ引っ掛かってみようか!?」などと思ったりしたが(これが散歩の一つの楽しみ!)、今は三月場所の真っ最中で帰って相撲を見なければならないので止めておいた。

 大通り公園側のアーケード入口から入って、ゆっくり商店街を流して反対側の通りに出た。ここから一駅戻って伊勢佐木町駅まで歩き帰ることにした。

 余談だが、小生の親父は現役時代、この辺りを管轄する伊勢佐木署や中華街"善隣門"前の加賀町署等々に勤務した。横浜には、みなとみらいのような近代的な風景とは対照的な戦後闇市から発展した昭和レトロな飲み屋街や独自の国際色と歓楽街の風情が色濃く残るディープな地域がある。小生のイメージする横浜とはそのような場所であり、いずれ横浜散歩として取り上げるかもしれない。

 今日は、自宅から約7,500歩のプチ横浜散歩であった。

 

▼令和8年3月22日(日)_神大寺地域交流祭




 

 



神大寺北町自治会の面々(左端小生)

 本Blogの随所で町内会活動について書いているが、これが隠居生活の中心を占めるようになってきていて、小生のライフワーク(の時間)を侵食している。なんとかバランスをとって両立できるように努力しているところである。が、時間がバッティングすると両立できない。

 さて、3月22日、神大寺地区センターで地域交流祭が開催された。
 神大寺地区に自治会・町内会組織が本会を含め九つあり、自治連合会を形成しているが、自治連合会最大の行事である。

 中略(イベントは大盛況。無事終了!)

 ようやく行事を乗り切りホッとしたのもつかの間、明日の月曜日からは令和7年度決算書及び次年度の予算案作成の作業に入る。今週、来週と会議が続き、4月12日(日)の定期総会へ向けて慌ただしい日が続く。

 毎月1回、卓球の日を設けているが、今月はスケジュール過密で日程をセットすることが出来なかった。総会を乗り切り、来月こそは家で練習しているサーブトス(16cm以上の投げ上げ)の成果を確認したいとうずうずしているところである。

 

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令和8年 弥生の風景1 _信楽ガマ/日本拳法観戦

▼令和8年3月1日(日)_信楽ガマを庭に放つ!

 以前、庭の一角にガマが住み着いていた。

 隣家の大池で生まれ我が家にやって来たものと思われるが、冬になると庭石の下で冬眠し、春になるとゴソゴソと出てくる。かなり長い間住み着いていたが、リフォーム(外構工事)以降、姿を消した。インターロック工事により植え込みも大分少なくなり、もう住める環境ではないと出て行ってしまったか…。

 そんな経緯があり、以前からガマの置物を求めていたが良い店を発見した。町田市野津田町、鎌倉街道沿いの久保田陶器店、通称「たぬき屋」である。薬師卓球場へ向かう途中、いつも気になっていて以前から一度覗いてみようと思っていた。

 この日訪ねてみると、店の内外に陶器(信楽焼)の置物やら器などが所狭しと並んでいて、まったく飽きさせない。ガマ二匹と富士山型の酒器を求めたが、次はたぬきを買おうかどうしようか、今考えているところである。

 目に留まったので、店のリーフレットに紹介されていた昭和天皇が信楽を訪問された際(昭和26年)に詠まれた歌を記しておこう。

 をさなとき
 あつめしからに
 なつかしも
 しがらきやきの
 たぬきをみれば

 

▼令和8年3月8日(日)_日本拳法神奈川県大会における越後谷審判員

 元同僚の越後谷さん(通称「越っちゃん」)からメールが来た。
 日本拳法神奈川県大会が神奈川県立武道館(横浜市神奈川区)で開催されるとのこと。同日、先約があったが、会場は我が家から自転車で5分圏内なのでちょっと様子を見に行くことにした。

 武道館を訪ねるのは久しぶりのことだ。
 日本拳法は投げ技や組み打ちありの競技なので柔道場が会場となっていた。早速、越っちゃんを探すと、ちょうど奥の試合場で審判の真っ最中であった(写真)。

 越っちゃんは国士舘職員退職後、保育士の免許を取り、更に武道指導員としての専門的な研究のため、早稲田大学修士課程に学び修了したことは以前から聞いていた。幼稚園の先生をしながら、ライフワークの武道にも関わっている。引退後、目標をもって自分の道を歩んでいる姿勢に大いに触発され、見習いたいと思ったところである。

 審判の合間に挨拶をかわし、また近いうちに会おうと約し別れた。

 せっかくの機会なので、剣道場、弓道場を覗いてみた。いずれも試合の最中であり、緊迫した雰囲気を感じながら武道館を辞した。

 

 

 

 

男厨_我が家のおでん🍢

 久しぶりの男厨であるが、我が家のおでんを紹介しよう。
 これはお袋の味と少し違って、小生の工夫が随所にある。

 さて、さかのぼって2月の寒い日、おでんを作った。
 夏おでん(冷たいおでん)も作るが、寒くなってくると、月一ぐらいで温かいおでんを作る。種は毎回アレコレ考えるが、今回は次のとおり。

 大根、ジャガイモ
 ウインナー
 タマゴ
 巾着(モチ)
 イカ巻き、うずら玉子、ちくわ、ちくわぶ、はんぺん…

 まず、大根は家族の一番人気で、大量に準備する。ほぼ一本を厚く(2~3cm)切り、かつら剥きにして半月にする。面取りはしない(時短)。ジャガイモもたくさん準備する。いつもは荷崩れしないメイクイーンを使うがこの日は男爵である。両者とも別々の鍋で竹串が通るぐらいまで下茹でする(約20分ぐらい)。
 ウインナーには切り込みを入れる。

 次に揚げ物系であるが、これは湯通し(油抜き)をする。面倒くさいと思われるかもしれないが、これをやるとすっきりした味のおでんになる。

 面倒くさいのはこれだけである。

 鍋は土鍋を使ったりもするが、今日はホーローのおでん鍋。上下に重ならないで、種ごとに区分して煮込めるのが良い。

 具材をすべて鍋に投入。
 出し汁は、水1リットルに対し、最初、①めんつゆ大さじ3、②白だし大さじ3を加える。小生濃い口が好きなので、途中、味を見ながら同量の①と②を少しずつ足して最終的に味を決める。

 ぐつぐつ煮込んで
 あっという間に完成。

▼かつら剥き更に半月に/大根とジャガイモを下茹で/揚げ物系も下茹でする