今日の吉(よ)き日は 大君の
うまれたまひし 吉き日なり
今日の吉き日は みひかりの
さし出たまひし 吉き日なり
ひかり遍(あまね)き君が代を いはへ諸人もろともに
めぐみ遍き君が代を いはへ諸人もろともに
若い人には馴染みがないだろう。
明治26年に制定された文部省唱歌「天長節」である。
今日、一般的にはほとんど聴かない音階だと思うが、非常に心が癒やされる日本的な旋律であり、小生の場合、学生時(国士舘大学)全学行事であった天皇誕生日式典の場面を思い出す。
さて、昨年末の会合(忘年会)が諸事情により延期となり、満を持して、昨日の天皇誕生日の吉き日に、集まれるメンバーで「OB会」を開催することとなった。
前稿に書いたとおり、小生、現在自宅リフォーム中で、諸々の"To Do"が山積み、前日まで出席できるか否か微妙であり、つい先日(22日)も町田方面で別の会合(やはり国士舘関係)に招待されていたのだが出席を見合わせたところだった。
この日、国民の休日ということで、自身の予定にちょうど空白がうまれ、まだ日の高い午後1時半、会場である東京駅八重洲方面へ足を延ばしたのである。
メンツはいつものとおりの気の置けない面々。(追記: 今般は後段で横顔を紹介する)
全員が武道系はじめ硬派系倶楽部のOBである。
アルコールが入ると話しはあちこちに飛ぶのだが、この日、小生の記憶に残る話題は、伝説的な空手家として語られる本学の矢原美紀夫OB(ご関心のある方はYouTube動画をご覧いただきたい!)の武勇伝及びその時代から始まって「武道論」に至るまで…。やはり堅い話が尽きない。結論は無い。途中、岡山から大西先生、岩手から吉田兄が電話参戦した。吉田兄とは同君も町内会活動に関わっているとのことで、町内会談議。
熱を帯びた議論が2時間を超えた。
そろそろお開き。
横浜方面へ帰る伊井兄と小生は、皆と東京駅で別れた。
いつものとおり新幹線で新横浜へ。
ここで行きつけの寿司屋「江戸銀」へ行くも、なんと本日臨時休業とのこと。「おやじさん! 今日何があったの…」とぼやいてみてもしょうがない。キュービックプラザ10階飲食店街の「沼津魚がし鮨」へ転進した。
今日の反省会をしながら、少しだけ食べて呑んで腹が満足したところでお開き。新横浜駅で伊井兄と別れ、小生はブルーラインと東海道線を乗り継いで横浜のはずれの仮住まいへと向かった。
楽しい一日であった。
◼R5.2.25追記
個人情報に関わるが、許される範囲で面々の横顔を紹介しよう。
H先輩: 「伝拳」(日本伝拳法同部)初代。メンバーの最長老だが、今日尚、稽古に汗を流す現役の武道家である/I兄: 空手道部OB、武道普及のため13年ブラジルに派遣。手記(「国士、海を渡りて」)が大学出版物に掲載されているが読み応えのある内容である(リンク参照)/K兄: 伝拳OB。恐いものなしの頼れる後輩、通称「横須賀の番長」/A兄: 皇国史観研究会OB。社長業と併せてJYMA日本青年遺骨収集団の活動に理事長として精力を投入(リンク参照)/K兄: 大道倶楽部OB。元レーサー、車好きが高じてトランスポーターを生業としている/小生: 言道部OB。普通のじじい、本ブログ管理者
▼「国士、海を渡りて」
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