大学時代の同期生から郵便物が届いた。
過日、彼は志を以て中学校の「熱血教師」から高知県議会議員に転身し、以来、定期的に県政報告を送ってくれるのである。
この年になると人間関係も変遷を重ね、消息のわからなくなった同級生や先輩・後輩も多い。それでも卒業から45年以上になるが長く付き合っている友人もかなりいて、三石もその内の一人である。
高知在住なので中々会うこともなく、年賀状の遣り取りや、ごくたまに電話で近況を語り合ったりする程度だが、気心の知れた以心伝心の間柄であると思っている。
もう昔々だが、彼の結婚式の折は東京から(その名を聞けば誰でも知っている?と思われる)同期の中川(武士連)や後輩の有田(合気道部: 故人)らと高知を訪ね、ご当地の箸拳(はしけん)で土佐流の歓迎を受け、浴びるように酒を酌み交わしたことは懐かしい思い出である。
さすがに酒処、鯨海酔候(げいかいすいこう)と称した山内容堂候を藩主に頂いた土佐の高知である。
余談だが、横浜高島屋B1の和洋酒コーナー(通称「酒呑み天国」)で定期的に地方の酒を買い求めたりするが、高知と言えば坂本龍馬も呑んだであろう「司牡丹」(つかさぼたん)、最近では容堂候に因んで「酔鯨」(すいげい)なる酒も売り出されており、小生のお気に入りの一つである。
▼横浜高島屋B1和洋酒コーナー
大学時代、彼は少林寺拳法部に所属していた。
このクラブは先輩から後輩まで豪傑が多く、世間の各方面(表とか裏とか…)に人材を輩出している。実は政界関係者も小生の所属した言道部よりも多いのだ。
三石の現役時代はというと、「国士舘の三石」として他大はおろか都内、特に新宿界隈ではかなり名前を売っていた。おそらく彼を知っている誰もが否定しないであろう。ただし、具体的な武勇伝はこの場では控えておくこととしたい。
さて、顔は男の履歴書という。
送っていただいたリーフレット(県政報告)、彼がどんな顔をしているかブログの読者に見て頂きたいのだが、最近、著作権・肖像権やら公選法やらに敏感になっているので、自身の判断を踏まえつつ、一応関係者の見解も聞くことにした。
どうやら本人の了解があれば問題なしとのことのようだ。
早速、本人にショートメールを打つとすぐに電話連絡があり、懐かしい声(土佐弁)を聞くことができた。ぜんぜん変わってない。イヤ、変わろうはずもないが…。
リーフレットの掲載には快諾をもらった。
早速upしてみよう。
なかなか年季の入ったいい顔になったようだ。髪も俺よりはるかに多い。この分では引退はまだまだ先のことだろう。同期としては、国士舘精神を以て更に励んで欲しいと願うところである。
▼三石文隆「県政報告」
4Pのプロフィール欄に「国士舘大学法学部卒業」と記載されているところがうれしい。当然ではあるが。