隠居歳時記

もう隠居? 否、自分流の隠居道を探求中!

追悼!_柴田徳文先生を偲ぶ

円覚寺 黄梅院(R3.6.18撮影)
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 過日(R3.4.11)、国士舘舘長柴田徳文先生(S44卒・政経5期)の告別式に参列した。
 訃報はいつも突然にやってきて打ちのめされる。

 まさに、"創立精神を護持し、本学を表徴"(「国士舘寄附行為」)される柴田徳文舘長がご逝去されたことは、国士舘はもとよりのことであろうが、一OBである小生にとっても痛恨の極みであるとしか言いようがない。理不尽なもので、残された者には何ら為す術がないのである。今は、菩提寺(北鎌倉「円覚寺」黄梅院)に眠る柴田徳文先生を偲び、静かに追悼するのみである。

 人は往々にしてそうであると思うが、小生と徳文先生との50年近い交流においても、反発したり傾倒したりと、振幅のある人生模様があった。少しく思い出話を述べてみたい。

 学生時代、記憶に残っている小さな出来事がある。
 小生が大学3年生の頃であったか、言道部で同期の来丸(らいまる)兄と世田谷税務署前あたりの歩道を二人してタバコを吸いながら歩いていたとき、当時にしてもかなり旧式(確かボンネットが丸みを帯びた車で色は紺、初期のブルーバードか?)が我々の脇に停車し、窓から「コラ! タバコを吸いながら歩くな!」と、運転していた徳文先生に叱責されたことがある。
 当時の国士舘禁酒禁煙!
 建前
と言ってしまえば身も蓋もないが、「学生服(蛇腹)を着て体面を汚すようなことをするな」という意味であることをすぐに理解し、恐縮してタバコの火をもみ消した。

 何故かこのようなことを今でもはっきりと覚えている。印象的な一件ではあったが、むしろ、あの時の車の車種が何だったか?ということで、今でも仲間うちの酒席の話題になったりしている。

 もう一つ。
 小生が退職するまでの最後3年間法学部比較法制研究所の執行による国士舘創立100周年記念企画「極東国際軍事裁判研究プロジェクト」において、専門委員として参画されていた徳文先生とご一緒に活動できたことは意義深く、そして思い出深いものであった。

 因みに、同プロジェクトは、小生の前任者の才野法学部事務長が、国士舘100周年相応しい特色ある事業として企画立案し、学部及び大学における所要の手続きを経て立ち上げたものであり、それを小生が中途から引き継いだのである。

 徳文先生のご専門が国際政治学であり、同プロジェクトテーマがまさに先生の研究分野ということから、多くの局面で先生の教えを頂戴した。

 プロジェクト事業は多岐にわたり、列挙すると、東京裁判研究会」の実施・講演録作成(都合6回:ケントギルバート氏他5名)、リレー講義」の実施(1セメスター×2年,柴田先生他8~9名)、懸賞論文」の募集(学長賞25万円等)、極東国際軍事裁判審理要録」の発行、プロジェクトチーム員の研修旅行実施(年1回×2)、学生の防衛省市ヶ谷記念館見学会実施(年1回×2)、⑦運営委員会の実施(月1回×12×2)等々…。
 集大成として「第2回『東京裁判』シンポジウム」(H29.11.2終日)の実施及びシンポジウム講演録櫻井よしこ氏他5名「新・東京裁判論」産経新聞出版)の出版。

 事務サイドからすると、よくこれだけの事業に通常業務と併せて対応できたものだと今更ながらに思うが、意義ある仕事に関われた充実感が大きい。そして、学部長、比較法制研究所長のご指導は言うに及ばず、徳文先生という精神的なバックボーンプロジェクト計画の達成に大きな力になったと振り返っている。

 目を閉じると色々な場面が脳裏によみがえるが、前記⑤の研修旅行の写真が保存されていたので、在りし日の先生のお姿をご覧いただき本稿をしめたい。

 末尾に繰り返すが、舘長柴田徳文先生のご遺徳を偲び、衷心より哀悼の意を捧げるものである。

■H27.9.12-13_知覧・鹿屋・万世(鹿児島県)研修
噴煙を上げる桜島(徳文先生の撮影による)

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鹿屋航空基地

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特攻隊戦没者慰霊塔/知覧特攻平和会館

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夕食会(芋焼酎で乾杯)

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西郷隆盛終焉の地(城山)/城山と西郷どんを背景に

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■H28.9.8-9_呉・江田島広島県)研修
大和ミュージアム(1/10スケールの戦艦大和

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海軍カレーで昼食
 右は徳文先生の弟子に当たる小林兄(錬心館OB)

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海上自衛隊呉資料館(てつのくじら館)

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追記
 本日(R3.6.18)、梅雨の晴れ間を狙って円覚寺を訪ねた際、窓口にて御朱印を担当されている元国士舘高等学校教諭・元国士舘皇居勤労奉仕団団長、大西貫也先生(S45文卒/言道部)にお目にかかることができた。先生のご了解を得て次の写真をupする。

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www.engakuji.or.jp

富士山2_国士舘大学応援団 富士山頂にて舘歌斉唱!

inkyoclub.hatenablog.com


H17.8.3_富士山頂 浅間大社奥宮 久須志神社前にて
 前列左より小生、小倉先生、曹さん、大西先生(富士登山34回)

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 山開きが近づいてきた。
 前に書いたが、小生現役時、縁あって国士舘大学課外活動クラブである「応援団」顧問をしていた。
 応援団の活動は、対外的には母校各クラブに対する応援活動大学野球箱根駅伝等)、ボランティア活動大学行事への支援活動等々、多岐にわたる。

 一方、自らの心身を鍛えるため、応援の実技練習各種トレーニンを行っているが、ユニーク鍛錬方法として、毎年、全部員で富士登山を行ってきた。

 吉田口北口本宮浅間神社富士吉田市)に参拝後、馬返し(1合目の手前)から登り、5合目(佐藤小屋)を経て、8合目あたりで宿泊。この辺りになると既に高山病の症状を感じている。仮眠後、暗いうちから山小屋を出て、山頂御来光を仰ぐ。山頂では舘旗(校旗)を揚げ、制服制帽で舘歌(校歌)斉唱。休憩の後、大砂走り御殿場口新5合目大石茶屋まで一気に駆け下る。初心者にはかなりきつい行程である。

 今般、一部からリクエストがあり、富士山頂における学生達勇姿をご披露させて頂く。

H15.8.1_富士山頂を目指して

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H15.8.1_富士山頂にて御来光を待つ

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H15.8.1_富士山頂にて御来光を仰ぐ

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H14.7.30_富士山頂浅間大社奥宮久須志神社前にて舘歌斉唱

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H15.8.1_富士山頂にて舘歌斉唱

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H17.8.3_富士山頂にて舘歌斉唱

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H17.8.3_富士山頂の強風に耐える旗手長

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H17.8.3_富士山頂にて「舘旗揚げ」

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H17.8.3_富士山頂にて舘歌斉唱

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「恋と革命のインドカリーの日」に新宿中村屋インドカリーを食す!

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 ご多分にもれず小生もカレー(&ラーメン)好きで、現役時、昼食に週一でカレーの日を設けていた。

 鶴川(町田キャンパス)では、学食アンブラン)のピリ辛カレー(330円)、世田谷(世田谷キャンパス)では、区民会館B1職員食堂カレー(値段は忘れた)がお気に入りで、いずれも値段以上旨さであった。

 因みに、既に店はたたんでいるが、国士舘大学からほど近い世田谷線沿いの「味ひこ」印度カレー(サンバラット、スペシャルファイヤー等々)を知っている方は、一定年齢以上のカレー好きな方であろう。特に香辛料で味付けした煮タマゴは絶品で、一つ食べるともう一つ、二つ食べるともう一つときりが無い。あの味が今日に残っていないのは惜しまれる。

 さて、雑学のサイトで発見したのだが、本日は「恋と革命のインドカリーの日」とのことである。

 ピンときたご年配の方がいるかもしれない。
 そう、新宿中村屋だ。

 昭和2(1927)年今日6月12日新宿中村屋で喫茶部(レストラン)の開設と同時に印度式カリー発売されたのだそうだ。

 ここで、ラス・ビハリ・ボースの名前がすぐに出てくる方は、余程のカレー通か、アジア独立運動史に詳しい方であろう。

 ボースの詳細については関連サイト(下記リンク参照)をご覧いただきたいが、ごく簡単に説明すると、英国植民地下、印度独立運動に身を投じたボースが日本に亡命し、アジア主義である頭山満らの庇護のもと新宿中村屋相馬夫妻にかくまわれ、これが縁で夫妻の娘俊子と結婚することになる。その後、俊子は若くして亡くなるが、ボースが祖国印度の味を日本に伝えることになるのである。www.nakamuraya.co.jp


 中村屋には何度も足を運んでいるが、今はレトルトもあり、家庭で手軽にシェフの味を味わうことができる。
 本日は本当に偶然であるが、春先に購入した中村屋のレトルトのインドカリー(ビーフスパイシー)がストックされていたので、「恋と革命のインドカリーの日」に因んで頂くことにする。

 では失礼して、「いただきます!」

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時の記念日に寄せて_引退後の日々における時間管理と生活のリズムについて


 引退後、腕時計をしない生活になった。
 いつも持ち歩くショルダーバックに、YAMASAの2千円ぐらいのデジタル時計をぶら下げているが、これは万歩計代わりである。

 仕事から完全に足を洗ってしまうと毎日日曜日で時間に追われることは無いが、それでも生活リズムを作らないと、のんべんだらりとした日常の繰り返しになってしまう。恐らく定年退職された方々は、膨大な時間とどう向き合うか、それぞれなりに色々と工夫されているのではないかと思う。時間を気にしない生活ではあるが、大ざっぱな時間の管理(意識)は必要なのだ。

 小生も、引退後3年間も試行錯誤を続けてきて、ようやく、1日の流れを①早朝、②AM、③PM3セット1週間を①月・水・金と②火・木・土及び③3区分し、これらの組み合わせにより、大ざっぱに今日は○○をする日何もしない日というように頭の中で時間整理するようになった。

 その中でも、早朝の時間の使い方は、ほぼ全曜日に共通するので、今日は、小生の日課(ルーティン)について紹介しよう。

 小生、元々朝の目覚めは早いほうだ。
 というか、前の晩、何時に寝ても一定時間眠ると深夜でも目が覚めてしまい、通して眠ることができない。もう一度寝直すか、微睡んでいるのだが、どうしても眠れないときは夜の読書を始める(と、その内眠くなる)。連続して眠る体力が無いということらしい。(老い)だ。

 よって、朝5時には眼が覚めている。
 そうすると毎日の日課ラジオタイムとなる。

 今時は便利なもので、布団の中からAIスピーカーOK Google‥‥」と呼びかければラジコが起動し、指定した番組を流してくれる。

 各局、早朝から情報番組をやっている。
 地上波と同様に聴取率を上げるための競争で、個性的コメンテーターを揃え、結構面白い番組をやっている。

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 7時前後にベッドから起き出す。
 ラジコを切り、携帯ラジオの電源をON、ポケットに入れて1日の活動開始だ。
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 居間に移れば、卓上ステレオのラジオに切り替える。
 因みにこの卓上ステレオは、引退後に購入した。時々、古いレコードを聴いている。
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 ラジオを聞きながら、朝食をとり、同時に新聞に目を通す。
 新聞を読む時間は確実に増えた。
 現役時の朝の時間帯は貴重で、見出しのみを流し読みする程度であったが、今は1面から順繰りに記事の内容に目を通していく。関心の無い記事は読み飛ばすが、特に東アジア情勢などは丹念に読む。
 最後にTV番組表をざっとながめて、プライムニュース(BSフジ・PM8時)のテーマが何かを確認する。東アジア情勢がテーマの時は、マーカーペンで囲っておいて見逃さないようにする。

 そうこうする内に9時になる。ラジオと新聞はここまで。
 次は、タブレット端末の出番だ。
 登録してある海外紙日本語版及びYouTubeニュース番組を閲覧、視聴する。後者は、地上波では扱わないような番組なので、これがまた面白い。見始めるとキリがないので適当な時間で切り上げる。
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 以上が小生の、Weak Dayにおける日課(ルーティン)であるが、ラジオSNSニュース番組にハマってから、地上波の番組は、殆どというか全く見なくなった。

 ここから、AM日課PM日課に入っていくのだが、初めての投稿にも記したように、ゆっくりだが、現役時の仕事等整理(DATA化)を進めている。いずれ、有用情報を差し支えない範囲で公開していくこととしたい。

inkyoclub.hatenablog.com

 

 

EOSの日_水無月に横浜北端「寺家ふるさと村」に立ち寄りて


 折しも今日(R3.6.5)は、二十四節気芒種(ぼうしゅ)にあたる。
 寺家(じけ)も既に田植えは終わっていた。
 梅雨はすぐそこまで来ているようだ。

 寺家ふるさと村は、横浜上麻生道路と併行して走る田舎道沿いにある横浜最北部一帯青葉区寺家町)で、横浜市が、昔ながらの田園風景を残しているエリアである。
 小生、月に一度、鶴川(散髪)の行き帰りにこの道を通るので、EOS-RP(イオス)片手にちょっと立ち寄ってみた。 

寺家町バス停/寺家ふるさとの森案内図
 最最寄駅は青葉台駅田園都市線)。同駅からバスで約10分。

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四季の家
 無料パーキングあり。レストラン「寺家乃鰻寮」は、店内からの景色最高。鰻はコスト(お値段)はやむを得ないとして、パフォーマンス(味〔と接客〕)はまあまあと言ったところか(個人の感想)。

https://jike-shikinoie.jp/

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田園風景①
 見渡す限り広大な水田と森が広がる。春夏秋冬、四季折々の自然を体感できる。この辺りと、下って北八朔町(緑区)の水田地帯は夜になるとカエルの大合唱である。

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田園風景②
 森に入るとひっきりなしに色々な鳥の鳴き声が聞こえる。

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水車小屋

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下三輪玉田谷戸横穴墓群(しもみわぎょくだやとおうけつぼぐん)
 ふるさと村の農道から、深く森の中へ分け入ったところにある。名称から、ここは寺家町ではなく、町田市三輪町になるようだ。

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子供達の自然体験学習の様子

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むじな池/くまの橋

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熊野神社

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次に乗る車は人生最後の車か? だがエスティマを超える車がない!

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 ミニバンに乗るとセダンには戻れない!

 セダンからミニバンに変えて三台を乗り継いだ。いずれもエスティマである。
 天才タマゴのキャッチでミニバンブームを開拓した斬新なエクステリアが気に入っている。大きすぎず、小さすぎず、二列目シートは足が伸ばせる、自転車は積める、車中泊もできる。と色々あるが、ミニバンの一番の魅力は見下ろす運転、視点が高いことだ。

 現行エスティマモデルチェンジしたらすぐにでも購入するはずだったが、トヨタはこの車種を生産終了とした。何故? ネットには色々と説明がなされているが、トヨタ判断を誤ったのではないか?

 新車購入計画が狂った。
 ディーラーに文句を言っても始まらない。
 今まで、大体5~6年乗ると買い換えてきたが、現在の三代目エスティマハイブリッドは既に7年目に入った。

 実は、TOYOTA Safety Senseにも乗ってみたいと思っている。(まだ言ってなかったが、小生、親父の代からのトヨタである!)

www.carsensor.net

 最近、高齢者運転事故に関する報道が多い。なぜアクセルブレーキを踏み間違えるのか?と、普通の運転者ならば誰もが思うだろう。咄嗟の状況下、右と左を踏み間違えるのか? 高齢等による判断ミスか?

 まあ、高齢による判断ミスはあるだろうとは思う。
 小生の親父も70代だったと思うが、自身で判断して運転を止めた。いつか免許返上しなければならない時は来るのだろう。

 ふと思い出したことがある。現役時、勤務先(国士舘大学)の学食親爺さん(実は社長。海軍出身でいつも海軍帽をかぶっていた)は学内では有名人で、90代で車を運転していた。運転技能・能力には個人差がある!としか言いようがない(でも車にはキズがいっぱいついていた)。

 小生、ゴールド免許を維持しており、安全運転には自信がある方だが(それが一番危ないともいう)、あと何年運転できるだろうか…。あと何台の車に乗れるだろうか…。

 いずれにしても、エスティマは断念せざるを得ない。もし、次に乗る車が人生最後(とは思っていないが)となると、この際、思いきって路線を変えてみるか!とも考え、ALLトヨタを展示しているトレッサ横浜横浜市港北区)によく車を見に行く。

 一回りデカいアルファードにするか、もう一度セダンに戻って「いつかはクラウン」にするか、或いは一度は乗ってみたかったスポーツタイプ(GRスポーツ)にするか、などと考えながら車を眺めているが結論は出ない。

 そんなことを数回繰り返した。
 そう、今のところ小生の中には、エスティマを超える車がないのだ。

 よくよく考えてみれば、今の車に不満があるわけではない。
 よく走るし、キズは一つもないし、燃費もよいし…。
 いつも最後結論は、よっぽど気に入った車が出てくるまで、もう暫く今の車に乗ってやるか、ということになってしまうのである。

 

日本海海戦(M38/5.27-28)の日に戦艦「三笠」を訪ねて

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R1.5.27_三笠公園&戦艦「三笠」

 初めて三笠公園横須賀市)を訪ねたのは退職した年(H30)である。
 日本海海戦を戦い、バルチック艦隊を完膚なきまでに撃破した連合艦隊の旗艦であった戦艦三笠を一度も見ていないことに心残りがあった。
 元々、海(船)が好きで、高校時代の夢は「海の男」になることであった。紆余曲折があり、海とは無縁の方向に進んだが…。

 翌年(R1)も訪れた(写真上)。実は、本日(R3.5.27)も車を飛ばそうとしたが、ネット情報によると緊急事態宣言により閉鎖中のようだ(5/28訂正_公開中デシタ!)。ただし、コロナに「絶対に負けない」との思いを表すため、日本海海戦で兵員を鼓舞したZ(ゼット)旗を、毎日、三笠に掲げているとのことである。感動以外の何物でもない。

 海つながりの余談だが、現役時の平成28年国士舘創立100周年企画である極東国際軍事裁判研究プロジェクト」の研修で、広島県呉市大和ミュージーアムを訪ねたとき、圧巻の10分の1スケール戦艦大和を見て圧倒された覚えがある。また、江田島海軍兵学校資料館では、展示物である海軍兵学校各期集合写真の中に、若かりし伴徳智加先生(元学生厚生課長・我が上司)を発見したときは、時空を越えて歴史一場面遭遇したような感激に浸った。

www.hiroshima-kankou.com
 話しを戻して、
 10年程前、NHK大河ドラマ坂の上の雲が放映された。
 司馬遼太郎の作品は20代の頃からか、「街道を行く」を除きほぼ読破している。秋山好古真之兄弟及び正岡子規を中心に描かれる同番組はキャスティングもイメージどおりで、原作を思い浮かべながらストーリーの展開を楽しんだ。

 さて、クライマックスの日本海海戦では、一般的には秋山真之丁字戦法が有名であり、東郷平八郎司令長官の東郷ターンの決断で劇的な勝利を収めたように思われている。「坂の上の雲」もそのように描かれており、これは、従来、海軍により公開されていた通称「公刊戦史」(明治三十七八年海戦史・全4巻)に基づくもののようだ。その後新たに、昭和40年代に公開された、通称「極秘戦史」機密明治三十七八年海戦史・全150巻)によると、実際には丁字戦法は行われておらず、たび重なるアクシデントに見舞われた中での捨て身東郷ターンであり、死闘の末の勝利であったとのことである(「WEB歴史街道」による:リンク参照)。

 ともあれ、明治の先人達に感謝し、我が国が今日あることに幸せを感じたい。

shuchi.php.co.jp

 

R3.5.28追記
 公開中であることを確認し、本日、三笠公園を訪問。マストに翩翻とひるがえるZ旗をご覧あれ。

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東郷平八郎像と「三笠」全景/Z旗/東郷ビール